「やぁ」
少しはにかんだ彼女が、ギルドハウスの玄関に立っていた。
永い間留守にしていた彼女の登場に、ギルドメンバーは一瞬息を呑み、そして彼女の周りに駆け寄った。
「お前何処に行ってたんだよ!」
「ひさしぶりだね〜」
「何ヶ月ぶりだ?まぁ早く上がれや。」
騒ぎを聞きつけてやってきたギルミスは、一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにこやかに笑う。
「お帰りなさい。」
「・・ただいま。」
その声を聞いたギルミスは、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「何処行ってたのよ。心配したんだからね。」
「ごめんなさい・・」
ギルミスは体を離し、まじまじと彼女を見た。
居なくなった時と変りのない装備。
その変化の無さ具合を少し訝しんだが、
「さぁ早く上がって上がって。」
些細な事だと判断して、そのまま忘れた。
しばらくテーブルを囲んでわいわいやっていたが、そのうちメンバーの戦士が狩りに行こうと言い出した。
「お前修行とか全然してねーだろ。」
「うん。」
「じゃあ、昔じゃ行けなかった所へ連れて行ってやるぜ。」
と息巻く戦士。
まだ彼女が居た頃は、メンバーの皆が弱く、地上のオークやリザードマンぐらいしか狩る事が出来なかったのだ。
「やれやれ。血の気の多さは、昔も今も変わらないよ。」
ギルミスの呟きに、彼女はくすくすと笑った。
彼女は武器を持たなかった。
戦うのは苦手だ、と言っていた。
オークやリザードマンと戦うギルドメンバーを、
魔法で助けるのが常だった。
彼女に助けられた事の無いメンバーは、
このギルドには居ない。
ゲートを抜け、ダスタードに辿り付いた。
パーティーはドラゴンやドレイクを次々に突破し、奥に進む。
「うわー。」
彼女が感嘆の声を上げる。
「みんな強くなったね。もうHealする必要もないや。」
そう言う彼女に、戦士がへへへっと笑う。
「おぅよ。次はShadowWyrm行くぜ。腰抜かすなよ。」
「! 」
少しびびった彼女を見て、皆が笑う。
「大丈夫。俺達が守ってやるから。」
彼女は常に、メンバーを守っていた。
戦いの後ろで、皆を見守り、援護していた。
戦いの前にはBlessを、
毒にはCureを、
傷にはHealを。
それが、彼女の戦い方だった。
半透明の悪意の固まり。ShadowWyrm。
だがこのパーティーの敵ではない。
飼い慣らしたドラゴンに攻撃命令を下し、
次々に召還したデーモンやエレメンタルをぶつけ、
特効弓による集中砲火を浴びせ、
ShadowWyrmは徐々に弱まっていった。
頃合を見計らい、
「俺様の勇姿を、その目に焼き付けろよ!」
そう言った剣士が突撃していく。
「えっらそ〜に。私達がいなきゃ、なんにも出来ないのにねぇ。」
テイマーと魔法使いがにやにやと笑う。
メンバーにとっては何の問題も無い戦況。
だけど、
彼女は戦士の後姿から、目が離せない。
彼女はいつも、戦う仲間から決して目を離さなかった。
Lightningに失敗した魔法使いが、スケルトンに狙われている時。
飼い慣らししそこねたテイマーが、大蜘蛛から逃げる時。
威勢の良い事を言った戦士が、オークの群れに突っ込む時。
彼女は決して目を離さず、援護し、
そして仲間が無事に帰ってくると、ほっとした顔をしていた。
無事ShadowWyrmを撃破したメンバーは、意気揚揚とギルドハウスに帰ってきた。
ホールの隅にあるギルドストーン。
その前に彼女はしゃがみ込み、自分の名前をなぞっていた。
「ギルドハウスは建て替えたけど、その石だけは昔のままよ。」
彼女の後ろに立ったギルミスは、そう言って彼女を抱きかかえる。
「ほんと、今までどこに行ってたのよ。」
ギルミスの問いに、彼女は答えない。
最初のギルドハウスは、皆でお金を出し合って買った。
一番小さな木の家。
はっきり言って狭い。
全員がくつろぐ事も出来ないくらいだ。
そこに置かれたギルドストーンには、
メンバー全員の名が刻まれていた。
もちろん、彼女の名前も、そこにあった。
「私が居なくても、大丈夫みたいだね。」
「え,,,何言ってるの?」
戸惑うギルミス。
それを無視し、ギルドストーンを操作する彼女。
彼女の名前が、ギルドストーンから消えてゆく・・
「何やってんだ!」
戦士が叫ぶ。
テイマーも魔法使いも、彼女の行動が信じられず、ただ見つめていた。
ギルミスは戸惑った。
彼女の行いに対してではなく、自分自身の感覚に対して。
抱きかかえている彼女が、あやふやになってゆくその感覚に。
「ごめんね。」
彼女はそう呟き、 ギルミスの手をすっと、
すり抜け、
みんなの方を向く。
「何、、、どういう事?教えてよ。」
ギルミスの問いに、彼女が答える。
「私の時間が、もう終わりだから。」
「名前残ったままだと、迷惑かけちゃうし。」
「だから今日は、ギルドストーンの名前を消しに来たの。」
あっけに取られるメンバー、だが。
「そんな事、無い」
ギルミスが答える。
「迷惑だなんて、そんな事ありえない。ずっと、ギルドメンバーだからね」
それを聞いた彼女は、はにかんだような、泣き笑いの表情を浮かべた。
「・・ありがとう。」
彼女の存在が、徐々に薄まってゆく。
「今日は、夢みたいだったよ。」
背後の壁が透けて見える。
「ほんとにありがとう」
輪郭があやふやになってゆく。
「それじゃ、みんな、ばいばい。」
そして彼女は、
小さく手を振って、
流した涙と共に、
消えていった。
部屋を満たす沈黙。
それを破ったのはギルミスだった。
ギルミスはナイフを手に、ギルドストーンに近づき、作業を行う。
作業の終わったギルミスが、メンバーを前に宣言する。
「異議はないよね。」
メンバー全員、異口同音に賛同する。
ギルドストーンには、彼女の名前が刻み込まれていた。