Short Story. 5
甘ぁい林檎
(Sweeety apple.)

その時、
わしの目の前で、
ワインが踊っていた。

 Monnglowにあるわしの酒場には、その土地柄奇人変人が集まる。
 だが、ワインを操る奴は初めて見た。
 その女の手は、操り人形を操るようにひらひらと舞い、それに合わせ、人の形になったワインがダンスを踊っていた。
 わしはカウンター越しに、女に話し掛けた。
「あんた、魔法使い?」
 女は、人の形をしたワインをグラスの淵に座らせ、
「ま〜、奇術師ってとこね」
少し上気させた顔を上げ、こっちを見た。
 結構いい女だ。
「どうやってんだ?」
「知りた〜い?」
「ああ」
 女はふふんと笑う。
「教えてあげな〜い」
 人の形をしていたワインが、形を崩しグラスに戻る。
 彼女はそのワインを、くいっとあおった。
 どうやってそれをやったのかは皆目見当つかないが、面白い物が見れた。
 わしは、空いたグラスにワインを注ぐ。
「おごりだ」
「わ。」
 女は目を見開いて、再び手をグラスの上にかざした。
 すると、ワインが盛り上がり、人の形になる。
 女の指がくいくいと動き、それに合わせてワインの人形が動く。
 ワインは、こちらに向けて、優雅なお辞儀をして見せた。
「いい男だね、おやじさん」
「あたりまえだ」


 ワインのダンスに暫く見入っていたが、
「いい事おしえてあげよっか」
と、彼女がいきなり話し掛けてきた。

「この世はね、コトバで出来てるんだよ」

「ふーん」
 酔っ払いの戯言は聞き慣れていた。
「あ〜、何言ってんだこいつって顔だなぁ」
 彼女はごそごそとカバンを漁り始め、
「いい男が台無しだなぁ」
赤くて丸い物を取り出した。
 それはただの、真っ赤な林檎。
「さーてこれは、なんでしょう?」
 手のひらで林檎を転がし、もう片方の手に顔を乗せている。
「見れば分かるだろ。林檎だ」
「じゃあ、これをかじると、どんな味がするのかな〜?」
「甘いに決まってる」
 ちっちっちっ、と人差し指を振る女。
「甘いのは、目の前の男の頭ん中だね」
 むっ。
 酔っ払いに、そんな事言われたくねぇ。
「私の手の上にあるのは、『林檎』って名前のついたモノ」
 彼女は、酔っ払ってる割に、澄んだ目でわしを見つめながら語る。
「そして『林檎が甘い』ってのは、貴方の頭の中にあるコトバ。」
 わしは、その目に見入る。
「別にね、私の手の上にあるモノが、甘い必要なんて無いんだよ」
 ぽんっと投げられた林檎を、慌てて受け取った。
「もしも、貴方の頭の中のコトバをいじったら、どんな味になるのかなぁ〜」
 彼女の目が、すっと細くなる。
 一瞬、背中が凍るが、すぐに元に戻る。
(・・なんだ今の?・・)
 わけの分からないまま、わしは手にある林檎を見つめた。

 赤くて、丸い、
 ただの、普通の林檎。

 甘いに決まってる。

 わしは林檎を一口かじり、、、、
「む、、げぇ」
 吐き出した。

 赤くて、
 滑らかに丸い林檎は、
 塩辛かった。

「な、、なんだ、、」
 戸惑うわしの目の前で、女がにやにや笑っている。
 そうだ、この女は、奇術師だ。
 意味深な話で注意を逸らし、塩辛い林檎をかじらせて、遊んでいるのだ。
 塩辛い林檎をどうやって作るのか、なんてことは知ったことじゃない。
 なにせ、相手は奇術師だ。
 何でもやるのだろう。

「やってくれたな」
 わしはにっ、と笑う。
「今日は全部、おごりにしてやる」
「あは。愛してるよぉおやじさん」
 女は残っていたワインを飲み干し、席を立った。
「じゃあまたね、おやじさんっ」

 カウンターには、空いたグラスと、塩辛い林檎だけが残った。


「おやじさん、食材かってきたぜ」
 ウェイターが、紙袋を抱えて帰ってきた。
 紙袋から、ちょうど赤い林檎が顔を覗かせている。

『この世はね、コトバで出来てるんだよ』

 さっきの女の言葉が頭をよぎる。
 わしは林檎をちょいと掴み、
「・・ふん。ばかばかしい」
 赤くて丸い、林檎をかじった。


 酒場から出てきた酔っ払いの女が、あっ、と声を上げる。
「おやじさんのコトバ、元に戻してないや・・」
 しばらく、深刻そうな顔をしていたが、
「ま、いっか。」
さっくり切り捨てた。
 千鳥足の女は、そのままふらふらと、街の闇に消えていった。


 後日。
 Moonglowにある酒場には、こんな張り紙が張り出されていた。

「林檎持ち込み禁止」


2003/07/21( in Sakura shard )
wrriten by konayuki( into UO:Sakura shard )