「誕生日、おめでとう。」
from 私
to わたし
その蒼いナイフは、いつの間にか、そこにあった。
暖炉の上のダーツボード。そこに突き立つ蒼いナイフ。
見ただけで、その重みが分かるほど、その冷たさが感じれるほど、確かにそこに存在していた。
視線が奪われ、
そこから離せない。
「何ボーっとしてやがる!」
マスターの怒声。
ナイフを見つめていた私の背中が、蹴り飛ばされる。
手にした食器が散り、料理が床にばら撒かれる。
自動的に食器を拾い集める私。
「おいおい、服が汚れちまったじゃねぇか」
頭上で客の声。
視界に入る客の足には、スープがべったりと染み付いていた。
自動で動く私は、その声に反応しない。
「・・ちっ、躾がなってねぇなぁ」
「申し訳ない。物覚えが悪いバカでして。」
「しかたねぇなマスター。俺様が教育し直してやるよ。」
客とマスターは、ニヤニヤと笑っている。
いつもの展開。
「おら来いや!」
私は肩を掴まれ、そのまま客に、ベットのある部屋に引きずられていく。
抵抗なんて、もう忘れた。
いつもと、同じ。
毎日が、同じ。
ただ一つの例外。
それはあの
蒼いナイフ。
この極寒の地。
雪に沈んだ
モノトーンの世界。
薄汚れた酒場に
客とマスター。
これが
私の世界のすべて。
この世界で
繰り返される日常。
酒場で働き
客に弄ばれ
マスターに
怒鳴られ
それで一日が終り。
酒場で働き
客に殴られ
マスターが
私の体を貪り
それでまた明日。
そんな私の世界に
割り込んだ
蒼いナイフ。
モノトーンの世界に
突き立った
確実な、蒼。
そしてそのナイフを
手にしたとき
その冷たさが
その蒼が
確かな自分を
教えてくれた。
深夜。私の寝室。
目の前に、裸のマスターが迫る。
私は枕の下に手を伸ばし、そのまま無造作に、腕を振った。
手にした蒼が、
マスターの首を
とらえた。
マスターの首から、血が吹き上がる。
叫び声を上げようとするが、首の隙間からひゅーひゅーと空気が漏れるだけ。
鼓動に合わせ、噴水のように血がこぼれる。
暴れる体に合わせ、血の噴水が四方に飛び散り、その領域を広げていく。
その噴水が、べっとりと私も濡らす。 その血は、とても、
暖かかった。
その暖かさは、
手にしたナイフの冷たさと共に、
これが本物だ、と
教えてくれた。
その暖かさの中、
私は、わたしは、、、
わたしは、とてもとても、
あったかかった。
顔が濡れてる。わたしは腕で、ぐいっと顔を拭った。
その腕は、白い肌に映える、綺麗な赤色に染まっていた。
「あは。」
なんて綺麗な赤。
わたしは部屋をぐるっと見回した。
くすんだ灰色の壁、
まだら木目の床、
汚れた白のベット、
肌色の人の骸。
そしてそれらを彩る
赤、あか、アカ
なんてカラフル。
なんてハッピー!
「あはは。」
でもなんで、今まで気付かなかったんだろ?
こんなに綺麗な色。
こんなに近くに、あったじゃないか。
ふと、遠くから、
声が聞こえた。
「誕生日、おめでとう。」
そっか。
わたしは今、生まれたんだ。
だったら今まで知らないのも当然だよね。
だって今まで、生きてなかったんだから。
魂が跳ねる。
じっとしてられない。
ベットの上で跳ねると、目の前の骸もそれに合わせて跳ねる。
手足がぱたぱたと動く様子が、たのしい。
すっごくおかしい。
なんか、糸の切れた操り人形みたい。
「あはははは! 」
これ何処に魂が入ってたんだろ。
頭かな?
頭って重たいなぁ。
舌をべろーんとだしちゃってさ。
どこにも魂抜けた跡無いよ?
まぁいいや。
もう知らない。
そうだ!
外はどうだろう。
きっと綺麗に
違いないよね!
「♪〜」
闇夜に浮かぶ、
二つ月。
その光に照らされ、
白く輝く
雪の大地。
薄く輝く
その大地に、
赤に染まった
少女が舞う。
両手を広げ、
月を仰ぎ見て、
赤く染まった
ローブを
はためかせ。
魂の刻む
鼓動のままに、
少女が、舞う。
その手には、
鮮血に染まった、
蒼いナイフ。