人知れず
闇を走り
人知れず
敵を倒す
それが、暗殺者。
夜の酒場。
バーカウンターに座る、一人の男。
ほろ酔いなのか、彼は寡黙なバーテンダーに語り出す。
「よぉにーちゃん、暗殺者ってしってるか」
その若いバーテンダーは、寡黙が人の皮を被っているかのようにグラスを拭き続ける。
それに構わず、男は語り続ける。
「俺の仲間にもよ、暗殺者がいたぜ。」
その男には、酔っ払っているとはいえ、死線を潜り抜けた貫禄があった。
「そいつは変な奴だったよ。いや、変になっちまったのかな・・・」
がらんと広い酒場には、バーテンダーと男の二人のみが居た。
響く音と言えば、少々ロレツの怪しい男の声のみ。
「そう、変になっちまったんだ・・・」
あいつは、凄腕の暗殺者だったさ。
この世のありとあらゆる闇を味方に付け、影の有る所なら何処でも入り込んだ。
たとえそれが敵陣の真っ只中でも、王妃の眠る寝室でも、奴にとっては裏庭も同じさ。
俺達傭兵は、派手にぶちまかす魔法や、力でぶった切る刀が好きだったけど、あいつは違った。
敵の持ってる唯一の弱点、その只一点を突いていた。
俺らが何日も攻め続けて落とせれなかった城を、たった1晩で崩壊させたり。
それによ、あいつは頭も良かった。暇さえあればライキュームに出向いて、良くわかんねぇ本なんぞを読み漁ってたな。
俺らの中で、まともに本が読める奴なんざ、そういなかったさ。
ライキュームから帰ったあいつは、細かい文字の書いてある紙切れを手に、良く分からない草をすりつぶしてたりしたな。
後から知ったんだが、どうやら毒らしい。
あいつはお手製の毒を塗ったダガーを手に、いつも任務をこなしてたんだ。
『じゃあな』これがあいつの口癖。そのままふらっと姿を消して、敵を倒してくるんだ。
いつもポーカーフェイスな奴でな、洒落の一つも言いやしない。笑ったら顔にヒビが入るんじゃないかってぐらい、表情の変わらない奴だった。
・・・いや、違うな。
違ったんだ。
一度だけ、
そう、一度だけだ。
あれは、奇跡に等しい偶然だろう。
任務から帰ってきたあいつが、川べりに座り込んでるのを見たことがある。
なんかうつむいて、必死な顔をしてたのが、今でも眼に浮かぶさ。
奴はよ、泣きそうな顔をして、必死に
手を洗ってたんだよ。
最初は、何をしてるのかさっぱり分からなかった。
良く見るとよ、手とダガーに付いた血を、洗い流してたんだ。
ばかばかしいだろ?俺ら傭兵家業が、敵の返り血を気にする訳が無い、そう思ったさ。殺らなければ殺られる、これが絶対無二のルールだからな。
でもよ、馬鹿な俺らにはそれで良くても、あいつはそうじゃなかったらしい。
常に固められたポーカーフェースは、もしかしたら奴の罪悪感だったのかもしれない。
そんなもの、俺ら傭兵には関係無いってのにな。
あいつがおかしくなったのは、戦争が終ったあとだ。
俺ら傭兵は、戦場がなくっちゃ出番はねぇ。仲間らもそれぞれ自分の道を進んで行ったよ。
あいつと最後に飲んだときも、おのずとそんな話になったさ。
そこで、あいつはなんて言ったと思う?
「ダンジョンに潜って、危機に落ちた冒険者を助けようと思ってる。」
はぁ?こいつイカレたか、と思ったさ。
たしかに、闇だらけのダンジョンだ。奴の腕なら、戦ってる冒険者にも気付かれず、その敵を倒せるだろう。それこそ朝飯前って奴だ。
でもよ、なんでそんな事をする必要がある?お前に金が入るのか?って問い詰めたんだ。
あいつの答えは、こうだった。
「俺は人を、殺した。
何人も殺した。
これが、重いんだよ。
傭兵としちゃあ失格
だろうけどな。
殺した分だけ
命を救えば、
少しは軽くなれる。
そうあって欲しいと
思ってる。
金だとか
感謝だとか、
そんなのはいらない。
ただ、
この手に付いた血を
洗い流したいんだ。
だから俺は
やるんだよ。」
その時、あいつは少し笑って見せた。
痛々しかったさ。
あいつは、ずっと、人を殺す罪悪感ってやつを抱えてたんだ。
ほんと、傭兵失格だ。
それが、あいつと会った最後の夜だ。
俺はそのまま、腕っ節だけで世の中を渡ってきたが、あいつは違うのだろう。
あいつは今でも、
ダンジョンの
闇に紛れ、
影に潜み、
暗闇を進み、
誰にも気付かれず、
悟られること無く、
危機を見つけては、
忍び寄り、
敵を倒し、
命を救ってるんだ。
味方もいない、
援護も無い、
たった一人の
戦場で。
夜の酒場。
バーテンダーと男の二人のみが、そこにいた。
「あいつは変になった。でもな、、」
男はグラスを呷り、空にする。
「あいつは今でも戦ってるんだろう。あいつに救われた奴らにも、『救われた』って気付かれないようにな…」
バーテンダーは、静かに追加のグラスをテーブルに置く。
「あいつは、俺の戦友であり、大事な仲間だ。だからきっと、生き残って、自ら科した任務を果たしてるさ…」
バーテンダーは、男の飲み干したグラスと、新しく置いたグラスに、ウィスキーを注ぐ。
「おぃにーちゃん、2杯もいらねぇぜ。」
「…貴方の戦友の分ですよ。」
そしてグラス拭きにもどるバーテンダー。
男は、きょとんとした顔で暫くその横顔を見たが、ふっと口元を緩ませる。
「…悪いな。」
男は、手にしたグラスを、もう1個のグラスと交わす。
チン、という軽やかな音が、酒場に響いた。