それはささやかな
一つの奇跡。
俺達は、闇夜に乗じキャラバン隊を襲った。
金品は奪い、人間は全て殺す。それが俺達の流儀。
護衛をあらかた片付け、馬車の中身を漁っていた時、中に帽子を被った女を見つけた。
・・まだいやがった。
俺は剣を抜き、躊躇わず切り込んだ。
確実に殺せる距離。
一撃で終わる展開。
だが。
踏み込んだ足元の、
馬車の床が抜けた。
体勢を崩し、剣の軌道も外れ、女の帽子を飛ばすだけに終わった。
うずくまりガタガタと震えている女の顔に、見覚えがあった。
それは遠い、
昔の記憶。
「花輪あげる!」
「かっこわるいからいらない」
「・・・・ぐすっ」
「泣くなよ、もらってやるから」
「・・うん!」
俺は暫く兜越しに女を見ていた。
女はガタガタと震えるだけ。
俺は震える女の手を掴み、むりやり外に連れ出す。
「いや、放して!」
女は抵抗するが、男の腕力には勝てない。
俺はそのまま女を引きずり、自分の馬に押し上げる。
「おい何やってんだ」
と、リーダーの声。
「この女は、俺が貰うことにする」
俺達の会話を聞き付け、仲間達が集まる。
「獲物は全員殺すのが、俺達のルールだ」
「1回ぐらいいいだろ」
「例外は許さん」
仲間達が状況を察し、得物を手にする。
俺はとっさに爆弾をばら撒き、女の後ろに飛び乗り逃げる。
爆音を背後に聞きながら、闇の中に馬を走らせた。
それは薄れゆく、
かすかな記憶。
「まってー」
「はやくのぼってこいよ」
「だってこの木つるつるすべるんだもん」
「ほらほら」
「きゃあゆらさないでよう!」
「遅いのがいけないんだ」
「いじわるー」
追跡を巻く為、森の闇を全力で抜ける。
俺の目の前にいる女は、馬の首にしがみ付くので精一杯だ。
薄く見える木のシルエットと馬の挙動を頼りに、木々の隙間を縫っていく。
「貴方、、なんで助けてくれたの」
「黙ってろ」
「きゃ」
俺は馬の腹を蹴り、ペースを上げる。
どんなに逃げた所で、奴等に追い付かれるのは必至だ。
奴等は無能じゃない、いや、舌を巻くほどのつわもの達だ。
ならば、と俺は勘を頼りに馬を飛ばす。
それは脆い、
別れの記憶。
「ひっこしちゃうの?」
「うん。」
「なんで?」
「なんでって、、」
「どうして?」
「しらないよ、、」
「・・・・・」
「泣くなよ・・・」
「だって・・」
闇夜の向こうに、ほんのりと光が見えた。
ビンゴ。
俺は女を降ろす。
「いいか、あそこがガードポストだ。そこまで走れ」
「貴方、もしかして、、」
と、女はある名前を告げた。
俺は、
「違う」
と言い残し、馬を翻し走った。
違う。
その名前は、
すでに死んでる。
俺はただの、
人殺しだ。
暗闇を引き返すと、やはり奴等が追いかけていた。
俺達は、木々の中で対峙する。
「女はどうした」
「さぁな。そこら辺に落としたらしい」
「俺達の流儀を、忘れたわけじゃないだろうな」
「あぁ、
『目撃者は殺す』
『裏切り者は殺す』
要はみんな殺すってやつだろ。」
「そうだ。だから、お前も殺す」
そうリーダーが言うと、奴等は戦闘状態に入った。
「殺すころすコロス。もう飽き飽きだぜ」
俺もそう吐き捨て、剣を抜く。
勝ち目は無い。
もう逃げても無駄。
だけど俺は、
後悔は無かった。
それは小さな、
約束の記憶。
「泣くなよ・・・」
「だって・・」
「・・・もしもお前がピンチになったら、助けにきてやるよ。」
「・・・うそ」
「ほんとだって」
「うそ。そんなのできないもん」
「ほんとだって。約束する」
「・・・」
「だから泣くなよ」
「・・うん、分かった。もう泣かない」
俺の肩は槍でえぐられ、そのまま木に縫い付けられていた。
腹も酷くやられ、もう下半身の感覚が無い。
奴等は俺の指の骨を折り、散々愉しんだ後、何かの気配で逃げた。
血が流れすぎた。
四肢の感覚が急速に薄れていく。
ただ、兜越しに暗い森が見えるだけ。
と、何者かに兜が脱がされる。
「あぁ・・やっぱり・・」
すでに焦点の狂い始めた視界に、涙目の顔が写る。
「約束を、守ってくれたのね・・」
女はそう言い、俺の顔を抱く。
「ありがとう・・・」
それを最後に、
俺は闇に、
落ちていった。
それはささやかな
一つの奇跡。
闇に落ちつつ、
俺は思う。
馬車の床。
頑丈な板で出来た床が抜ける、些細だがありえない奇跡。
どこの悪魔の悪戯か知らないが、今はそいつに感謝しよう。
この奇跡で、
俺は最後に、
約束を守れた。
自分でも
忘れようとしていた
約束を。
それだけで、
俺は満足だ。